「小さないのち」会報--会報 No.53
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2005年06月19日
会報 No.53
こころの扉(会報41号)              平成15年 月

こころの扉(会報53号) 

平成17年1月 発行 小さないのち              

ガイドライン作成のためのアンケート 

中間報告−2

 今回は75名の回答をもとに報告します(前回より5名増)

 

4.急性期・治療中について

 

4−1)きょうだいの看取りへの参加

必要―47  不必要―0 その他―26  無記入―2  

「必要」の自由記述欄

     きょうだいを連れて来ることすら頭に浮かばないうちの死で残念 会わせたかった。

     ICUに子どもの入室は断られた 体調がよければ子どもも入室させてほしかった。

・ 家族(または兄弟姉妹)の希望があれば。  ・たとえ幼くてもぜひ参加させるべき。

     年齢的にたとえ理解できないとしても、家族として当然のこと。

     きょうだいにもお別れする時間は必要。  ・きょうだいも心の準備が必要。

     お手伝いや「さよなら」の準備もきょうだいに必要。

     いま家族のなかで大変なことが起こっているということを認識することが必要。

     一緒に過ごしていた家族で、子どもだからと別にするのはおかしい。

     病気と闘っているところや治療の現実を家族だからこそ知っていたいと思うはず。

     子どもなりに心配するし、理解しようと努める。

     当時5歳 きちんとお別れできたことで、より妹のことを大切に感じることができたよう。

     幼児くらいの年齢になれば、雰囲気を感じ取ることはできるはず。

     何が起こったのか分からなくては、後々の受容が困難なのではないか。

     何が起こったのか分かっていなければ、親との関係にも問題が残るのではないか。

     何が何だか分からなかったようだが、ずっと大事に受け入れようとしていた。

     突然こんな姿になったのを見ても信じられないかもしれないが、いてあげたほうがいい。

     言葉では説明しにくいので、何が起こって亡くなったのか見ておくことが必要。

     お姉ちゃんが本を読んであげたり、さすったり、いっぱい話しかけていた。

     耳は最後まで聞こえていると思うので、声かけをしてあげられたらと思う。

     いのちを知るという意味でも避けずに立ち合わせることは必要ではないか。

     その後のいのちの考え方に大きく影響してくるので必要。

     最期を家族で過ごす意味で、病院側の配慮が必要。  ・きょうだいの精神状態による。

     トラウマにならないよう病院に担当のスタッフ、のちのケアをする人がいるといい。

     反面、泣く両親を見てきょうだいがどこまで理解できるか?とも思う。

     小学1年の長男も参加した。本人も同席できてよかったと言っている。

     上の子が小さかったので、最後まで病室に入ることができなかったのが残念。

     上の子(幼児)のことまで気が回らず立ち合わせていないが、数年後に「ぼくだけ」と不満を向けられ、きょうだいも同じ遺族だとよく分かった。

 

「その他」の自由記述欄

     きょうだいがどうしたいか、大人の気持の押し付けにならないように気をつけてあげたい。

     小さくても本人の意志を確認してあげることが絶対大切だと思う。

     自分の考えが持てる年齢を迎えていたら、親の考えを押し付けることは避けてほしい。

     死の意味をきちんと受け入れることができる年齢であるかどうかが重要。

     子どもの年齢、性格、親の希望によるところが大きいと思う。

     親としては参加してほしいが、無理な場合もあるのでは?   

 ・ 家族の意志を重視すべき。       ・親の判断ではないか。

     年齢によるが、精神的に不安定になることもあると思うので、どちらとも言えない。

     両親の動揺が激しい時期には、年齢にもよるが、ショックが大きすぎるように思う。

     3歳ではショックだろうと思い祖母と自宅にいたが、それでよかったのだろうか。

     5歳だったが、妹に触れたとたん「硬い 冷たい」と叫んで二度と妹を見なかった。

     病室に連れていったことでインフルエンザに感染し、入院することになった。

     きょうだいがいなかったので分からない。    ・きょうだいの年齢にもよる。   

     難しくてわからない。      ・分からない。どう影響するかわからないため。

 

4−2)死亡確認までの子どもを抱く機会

 必要―66  不必要―0 その他―8  無記入―1

「必要」の自由記述欄

・ できる範囲で抱きたい。 ・何度でも抱きたい。 ・できるならずっと抱いていたかった。

     機会を与えてもらえていれば、抱きたかった 手を握ったり顔をなでたり常に触れていた。

     できる限りの世話がしたい。    ・とても大事なことではないかと思う。

     親は動転しているので、医療者から声をかけてもらいたい。

     実現すれば亡くなった子どもとの大切な思い出になる。

     死亡確認される前と後では状況が違う気がしたので、こちらからお願いした。

     スタッフの配慮に感謝 呼吸が苦しくなるのでは?と、抱くなんて思いつかなかった。

     怖くて抱っこできなかったので、添い寝を提案してくれた いつも一緒に寝ていた。

     死を早めてしまうと思え、怖くて抱けなかった。  ・身体が温かいうちにぜひ。

     脳死宣告をされたときから抱かせてほしかった。

     脳死状態でも身体は温かくて生きているんだと実感できるので抱いてあげたい。

     最期の瞬間は抱けた まだ温かい身体を抱けてよかった。

     何度か抱かせてもらったり、添い寝させてもらったりした。

     急性期であれば無理だとは思うが、可能であれば抱きたい。

     医療状況により無理がなければ抱きたい。

     本当はギュッと抱きたかったが、管の邪魔にならないところを見つけて触れていただけ。

     チューブだらけでも抱かせてほしかった 抱いたまま逝かせたかった。

     たくさんの管も、きちんと固定するなどして抱かせてほしかった。

     ずっと抱いていたい 腕のなかで亡くなってほしかった。

     心マッサージを「やめてほしい」と叫びたかった この手のなかに抱いてあげたかった。

     少し動かしただけで血圧が変動するのでできなかったが、抱いたり触れたりは必要。

     温かいうちに抱いてあげたかった チューブにつながれたままでは可哀そうでたまらない。

     錯乱状態で泣いたため別室に連れて行かれた 一番後悔していること。

     実際には抱けなかったが、治療に差し障りなければ抱かせてほしい。

     抱くことは、どの親もほしい時間だと思う。

     とにかく一日も早く抱きたかったが、管がたくさんついていたためかなわなかった。

     18ヶ月の入院中、状態が落ち着いているときは抱っこした。その経験がいま私の気持を落ち着かせているのかもしれない。もちろんそれだけではないが。

     息を引き取るまでに抱いてやりたかった。人工呼吸器がついたままでも安全に抱けることを知らなかったので、無理な望みだと思い込んでいた。

 

「その他」の自由記述

     治療に差し支えなければ抱きたい。

     絶対に動かせない症状だったので、治療を止めることになるので抱けなかった。

     最期が来るなんて思ってなかったので、見守ることしかできないと思っていた。

     もっと叫んだり、揺らしたり、抱きしめたかった。

     心臓マッサージをずっとしていたので無理だったのでは?  ・よくわからない。

     ケースバイケースだと思う。状態が悪くなったらのちに親にダメージが残るかもしれない。

「無記入」の自由記述欄

     抱いてあげてくださいと言われたが、抱いたらすぐに逝ってしまうようで抱けなかった。

 

4−3)子どもを抱いた状態での看取りについて

 必要―62  不必要―0  その他―11  無記入―2

「必要」の自由記述

     まさか亡くなると思わず入院に準備に帰っていたため、抱くことはできなかった。

     心マッサージをされている子どもの手を握って看取った 本当は抱きしめたかった。

     最後の最後まで心マッサージだった もうだめだと分かった時点で抱かせてほしかった。

     オムツにタオルだけだったので、抱いて暖めてあげたかった。

     手、足、顔をさするだけで、抱いてあげたいさみしい気持だった。

     家族が治療をやめることを納得した場合は、抱いた状態での看取りがいい。

     抱いて天国へ見送ってやりたかった。  ・できるなら抱きたかった。

     せめてそうありたかった。       ・そうできてよかった。

     最期くらい親の好きなようにさせてほしい。   ・抱いたまま逝かせてあげたかった。

     絶対に必要 治療中は抱きたい気持が強くてもできなかったから。

     必ず必要 最期は当然親が抱いてあげたい きょうだいや祖父母にも。

     子どもは親に抱かれていること分かっているかも 最後に親がしてあげられる大切なこと。

     幼いほど必要だと思う。       ・30分以上抱くことができた。

     死亡確認後に抱けたが、生きているうちに抱いてやれるのではぜんぜんちがう。

     もしあの時に戻れるならそうしてあげたい。でも消えるように亡くなったので難しかった。

     抱かせてもらった。自分の手の中にあるのとないのではぜんぜん違う。

     抱かせてもらった。どんな状況でも抱いた状態で看取ることは可能だと思う。

     まだ温かく柔らかい子どもを抱ける最期になるので、絶対必要。

     抱いた状態で別れのときを看取ってやりたかった。

     つらい気持になったとき、私に抱かれ息をするのを止めたということが慰めになっている。

     できる限りスキンシップできる時間をもちたい。

     親が動けない(言い出せない)ときは、優しく自然に促してほしい。

     怖くてできなかったが、医療者が優しく声かけしてくれたら、抱っこしたと思う。

     いまも抱っこしてやれなかったことが可哀そうでならない。

     ベッドの上で死を迎えるより、少しでも温もりを感じながら抱きしめて看取りたかった。

     そのときはどうしたいとも考えることもできず、医師から言われるままだった。

     悲しみが増すこともあるだろうが、すーっと通り過ごしては後で後悔すると思う。

     このような機会があるとないとでは、その後の親の心の回復に大きく影響する。

     後々抱けてよかったと思うときが来るかもしれない そのとき心の救いになると思う。

     抱いて帰りたかったが、無理と言われ寝台車をたのんだ。

 

「その他」の自由記述

・ 急変したから無理だった 父親が来るまで血圧を上げる薬を使ってなんとか間に合った。

     心マッサージをしていたので妨げることはしないよう自制していた。

     医師が手を尽くしたあとならあきらめて抱いて看取ったかも。

     もしかしたらという希望を持ち続けていたので、抱けなかったと思う。

     また目を開けると思っていたので、ベッドに寝かせているほうが負担がないと思えた。

     自分の腕のなかで亡くなっていくのを見るのは余計につらいかもしれない。

     自分がしていないので分からない。   ・よくわからない。

「無記入」の自由記述

     悲しすぎます。    ・現実的には難しいと思います。

 

5.       脳死状態について

 

セカンドオピニオンのために別の医療機関の医師の紹介     

必要―53  不必要―0  その他―14  無記入―8

「必要」の自由記述

     死にゆく我が子にどうしてあげたいのかを整理する機会になった。

     「やりきった」という思いが今はあるので、ぜひ納得できるようしてほしい。

     非常に厳しい言葉もあったが、私にはその言葉が考える葦となり助かった。

     どこに相談しても同じだったとしても、家族はできるだけの手段をとりたいもの。

     何の手立てもないと言われても、最後の瞬間まで「なんとかならないものか」と思った。

     子どもの生命の可能性を考え必要。   ・いろんな医師の意見が聞きたかった。

     「先生方には悪いが」と前置きしてこのことを聞いた。提示の配慮があれば有り難い。

     今後は義務としてほしいくらいのものと考えている。

     不安に思った時点でほかの医師の意見を聞けばよかったと後悔しているので必要。

     「希望があれば紹介します」と言ってほしかった。

     必要に応じて紹介の心積もりはしておいてほしい。

     親の希望を聞き、快く紹介すべき。    ・子どもの脳死移植が始まったら必要。 

     自分は主治医を信じたが、悔いのない選択をするためにそういった人がいると助かる。

     小児科と、循環器科、呼吸器科、脳外科がチームで対応してくれたので助かった。

     紹介だけでなく、できることを書いたパンフレットなどほしい。

・ 家族が希望すれば紹介は必要。    ・家族はどうしていいのか本当にわからない。

     そのときは思いつきもしなかったが、死後、もっと方法がなかったのかずっと考えた。主治医から提案してもらえたら、たとえ頼まないにしても有り難かった。

「その他」の自由記述

 ・ あきらめることではないが、受け入れざるを得ないと思う。

     よく分からない。   ・状況に応じて必要な場合もあると思う。

     翌日心停止したため該当しないが、時間経過に伴い望む親には必要と思う。

「無記入」の自由記述

     脳死を経ていないので分からない。

 

6.亡くなってから退院まで

 

6−1)丁寧にお別れするための環境確保    

必要―65  不必要―1  その他―7  無記入―2

「必要」の自由記述 

     医療スタッフの気持のありように大きく左右されると思う。

     即霊安室はつらすぎる。   ・霊安室はいや 義務的にされるのもつらい。

     お別れは病室がいい。「そういうお部屋はあるけどちょっと可哀そうだもんね」と看護師の言葉で病室から抱いて帰った。

     警察が来るまでストレッチャーの上に置かれたままだった。少しだけでも別室(病室など)温かみのあるところに寝かせてほしかった。

     突然死のため治療中も死亡後も警察の聴取がありとても不快だった。

     警察官から、(子ども自身がつけた)爪のひっかき傷について不審に思われ辛い思いをした。

     希望するお別れの仕方について遺族に聞き、希望に沿うのがいい。

     時間に余裕をもたせてもらえるといい。

     流れ作業でなくゆっくり時間を進めてほしい。家族は亡くなったことが受け止められなければ、時間を止めていることに気づいてほしい。

     そのときは分からなかったが、今思えばもっとゆっくりお別れすればよかった。

     どれくらいの時間そばで泣いていたか覚えていないが、いくらあっても足りなかった。

     せかされることなく、家族が集まるまで子どもと共に使わせてもらえた。

     病室は気の済むまで使え、みんな触れ、解剖について子どものそばでじっくり考えられた。

     家族で時間を過ごせてよかったと思う。

     死後処置後、病室で自由な時間がいただけた。

     亡くなるなり次の患者が待っているような雰囲気を感じたが、体も気持も動ける状況でなく、ただじっと抱いている時間がほしかった。

     解剖について即断しなければならないのはつらかった。

     すぐに解剖のことを言われつらかった。

     いきなり解剖の申し出で混乱し、お別れらしき環境があった記憶がない。多分なかった。

     死亡を確認して間もなく「人工呼吸器や管を抜くから退室してほしい」と言われ、どうして親なのにそばにいたらだめなのだろう?と思った。また一人ぼっちになったら寂しいだろうと辛く感じた。その間に解剖の話が出て、一人の子ども、人間が亡くなったと思えないくらい事務的にどんどんことが進み、つらかった。

     解剖室への入室を希望したが断られた。解剖は「綺麗に大切にして」と承諾したので、そのように行われるか見届けたかった。見ていることが母親の務めのようなきがした。娘一人を痛い目に合わせたくなかった。見ることで痛みを共有しようと思った。異常と思われたかもしれないが正常で冷静だった。

     荷物が多く、帰り支度が大変で、悲しむより「速くしなければ」という気持が大きかった。

     ICUは明るく、急患もなかったので、子どものための空間がゆっくりあるように感じた。

     悲しみが深いので、少しでも心が和らぐような環境にしてもらいたい。

 

「その他」の自由記述

     とにかく早く家に連れて帰りたかったのでわからない。

     私は1秒でも早く病院を出たかったが、家族の意向を確認して気持に沿うべきと思う。

 

6−2)スタッフも悲しみを共有し、共にお別れすること

 必要―63  不必要―2  その他―8  無記入―2

「必要」の自由記述

     一人でも多くの人に、我が子が、この世に生まれ、短い命だったけれど頑張って生きたことをわかってもらいたい、それを認めてもらいたいと思うので、医療者にも悲しみを共有してもらいたい。

     子どもが懸命に闘って生きていた最後の時間を共有しているわけだから、悲しみを素直に表してお別れしてほしい。

     涙が出そうになったら隠すことをしないでいいと思う。感情移入というより、とにかく丁寧に。

     ほとんどの看護師が残っていてくれた。泣いていて、感謝の気持で一杯になった。

     入院5時間くらいで亡くなったのに担当の看護師は号泣していた。こんなに情が移っていたことがうれしかった。

     数時間しか関わりがなくても看護師が泣いて焼香してくれたことがうれしかった。治療中、ナースステーションで看護師が談笑している風景に怒りを覚えていた。娘が死にそうなのに笑っていることが許せず。しかし最後の交流がすべてを帳消しにした。

     体を拭いていた看護師が大泣きしていたのがありがたかった。

     病棟のスタッフは抱っこして泣いてくれた。ICUのスタッフも帰らずずっと見守ってくれた。すべて終わり、全てのスタッフと医師が見送ってくれた。

     最終宣告したときには冷静だった主治医が、数分後再び病室に来て子どもの手を握り長い間うつむいてくれていた。

     当直の研修医は、若いながらも一生懸命に言葉を選んで声をかけ、たくさん話を聞いてくれた。「今の医療ではここまでしかできなくてすみません」と頭を下げてくれた。

     「医療の限界」とだけ言って退室していった。なんともいえない気持がより大きなものになった。

     生と死を学ぶ上でも必要であるし、家族にとってもうれしい。

     私にとって医療スタッフは子どもを介しての仲間だったので、共に別れのときがもてたことはうれしかった。

     早朝にもかかわらず、小児科医全員が看取る病室と霊安室に来てくれた。主治医と婦長はお通夜にも参列してくれた。

     看護師が何人か病室にお別れに来てくれたのがうれしかった。

     婦長や病棟ナースが裏口まで送りに来てくれた。つらい反面、この子だけのために来てくれたことがありがたいと感じた。

     何人かの看護師と主治医がお別れに来てくれたが、親しくしてくれていた看護師が、姿は見かけたのに忙しかったのか、お別れに来てくれなかったことがさみしかった。

     一緒にいた時間にもよると思うが、人として感情を表してくれることはうれしい。

     悲嘆からの立ち直りのためにとても重要な要素だと感じる。

     一時でも悲しみを共有してもらうことで、医療者への思いもまったく違ってくると思う。

     0歳からお世話になっていた病院で、しかも主治医が看取ってくれたにもかかわらず、形式的な最後だったのがさみしい。何か一言でもいいから息子について語ってほしかった。

     一人の看護師は泣いて名前を呼んでくれたが、ほかの医師・看護師はとても事務的に動いているように見え、とても私の子どもだけが違う世界にいるようだった。

     担当をした心あるかたなら、自然とお別れの場に来てくれると思う。

     親子と葬儀社だけで病院を後にした。せめて関った先生方には見送ってもらいたい。

     実際、そっけない態度をするスタッフがいて、いまでも思い出すたびつらく悲しい。

     病院の人ではなく、警察の人が、「こんなに可愛い子が亡くなるのを見るのが一番つらくたまらない」と言ってくれた。仕事と割り切らず、一緒に悲しんでくれたのがうれしかった。

     一緒に涙を流してもらえてありがたかった。

     スタッフ全員が大泣きだった。一生懸命看護してくれたのかなと思えるようになった。

     全スタッフが玄関先まで出て見送ってくれた。

     小さいため子ども自身の知人はほとんどなく、病院の人たちに悲しんでもらえなければ悲しむ人間が少なすぎるという想いだった。

     関った全員の医師たちが、夜遅かったにも関らず共にお別れしてくれた。

     できれば でいい。   ・家族が退室を望まない限り、共にお別れを。

 

「不必要」の自由記述

     たった2〜3日程度入院した子の死の悲しみを共有できるとは思えないので、そっとしておいてほしい。

「その他」の自由記述

     入院の長さによると思う。私は半日ほどしかいなかったので、そのとき強い希望はなかったが、数日でもいた場合はその後の親の気持はぜんぜん違うはず。

     私は1秒でも早く病院を出たかったが、家族の意向を確認して気持に沿うのがいい。

     家族の気持を尊重してあげてほしい。

     よく分からない。家族のみでもよいと考えていた。

 

 

6−3)死後処置(体をきれいにするなど)や着替えを手伝う機会

  必要―60  不必要―1  その他―13  無記入―1

「必要」の自由記述

     着替えは「一緒にやりましょう」と看護師が言ってくれたので、最後にすることができた。

     娘のことをいろいろ話しながら着替えを手伝うことができてよかった。

     看護婦さんと子どもの日常の様子など話しながらした。とてもつらかった。二度とこの体に触れることがなくなるのかと思うと。

     こういう機会が与えられて本当によかった。鼻血が出ていたが、ふいたらいつも寝ている顔だった。

     いっしょにさせてもらえた。機械から管がはずされていつもの顔に戻っていった。眠っているようだった。

     沐浴させてもらった。お風呂が大好きだったので娘も満足できたと思う。私が主にさせてもらいとてもうれしくありがたかった。

     管を取ったあと入室OKになり髪を一緒に洗った。一人でゆっくり話をしながらしたかったが体の硬直が始まっていたため、看護師と一緒に服を着せてあげた。好きな服を着せてあげる余裕はなかった。

     「ごめんね」と痛いであろうことには子どもに声かけ、少し話しかけながら、家族と看護師で行った。親への気遣いもあった。

     私は看護師をしていたので自分からスタッフに申し出て、洗髪、手浴、足浴を一人でした。体も拭きたかったが、オムツをあけたとき肛門が弛緩しているのを見てショックで、あとの処置はスタッフにお願いした。

     「お母さんも一緒にやりましょう」と言われてお手伝いしたが、やせ細った体を見るのはつらかった。きょうだいが大泣きしたので外へ連れ出している間に終わってしまった。つらいけれど最後までやりたかった。

     別室で待機だった。自ら手伝いを申し出なかったことを後悔している。

     してあげたかったが、きっと病院側は解剖の傷を見せまいと配慮したのだと思う。それなら着替えのほうをさせてほしかった。

     私は希望したが「お母さんにはつらいから」と部屋の外に出された。

     何もしてあげられなかった思いが残っている。どうして離れてしまったのだろう。ずっとそばにいて声かけながらケアしたかったと思っている。

     母として手伝いたいが、そのときは死が受け入れられず、できなかった。

     最後にしてあげられることなので、両親の希望があればさせてあげてほしい。

     我が子のために何かできることが一つでも多くあったほうが、失ったあとに悲しみの中で生きていかなければならない遺族にとって、ささやかなことでも 心の救いになる。

     少しでも多く子どもの世話ができればいい。

     子どもにとっても家族からお世話されるほうがうれしいと思うし、安心すると思う。親のほうもずっと触れていたいので、自分の手でしたい。

     両親、きょうだいも一緒にできた。長く寝たきりでお風呂にも入れず、もっとゆっくりあらってやりたかったが、短めに切り上げられ残念だった。

     解剖終了後に洋服を着せる約束になっていたのにもかかわらず、到着したときにはすでに済んでいた。残念だった。

     婦長と女医さんの理解により、処置の仕方を教えてもらい、家に帰ってからお風呂に入れた。親の「してあげたい」気持は強いので、死後の処置への参加は必要。

     血の付いたパジャマのまま帰宅。家に着いてから驚きと悲しみがわきあがった。

     病院でのことはあまり覚えていないが、家に帰ってから体をゆっくり拭いてやることができた。でも解剖後は傷を見たらつらいからと着替えさせてやれなかったことが心残り。まるで物扱いされていてたまらなかった。人として最後まできちんとしてやりたかった。

     私は最後に体をふいて着替えをさせてやることができよかったと思っている。でもやせ細り、あちこち注射針や管を通したあざを見て、可哀そうで泣いた。その人その人で手伝うかどうか決めるべきだと思う。       ・急死の場合難しい気もする。

     一緒にさせてもらったがつらかった。    ・一緒にさせてもらえてよかった。

     看護婦さんとお風呂に入れ、着替えさせている間に、気持が落ち着いていったように思う。

     素人が手を出すものでない?と思える流れだったが、一旦部屋を出され、戻ったときにはすっかり身体の色が変わり冷たくなっていたので、ずっとそばにいたかったと思った。

     希望するかどうか、意思確認をとってもらえるとありがたい。

     遺族が可能であればいいと思う。   ・親の望むかたちでできればと思う。

     遺族の精神状態に応じて提案してあげてほしい。  

 

「不必要」の自由記述

     私には現実的過ぎてできなかったと思う。

「その他」の自由記述

     家族からは言いにくいことなので、スタッフ側から声をかけてもらえれば「うれしい」と感じる家族もいると思う。  ・親が希望するなら一緒にさせてほしい。私もしたかった。

     分からない。私はしなかったが、する機会があってもしたかどうかは。

     家族が望んだ場合は必要と思う。私はできなかったと思う。

     分からない。冷静に亡くなった子と向き合えない気がする。私は手伝わなかった。

     亡くなって力なくクタクタになった我が子の着替え、私ならできない。認めたくない、私も一緒に逝きたいという気持ばかりだった。

     ケースバイケースだと思う。私は死を受け入れることができず、抱くこともできなかった。

     パニックになっている親もいると思うので、希望を聞いた上で。

     つらいイメージが残ることを考えると、希望を聞くべきと思う。

     病室外で待たされた。それでよかったと思っている。

     希望する人にはいいが、私はつらすぎてできない。     

 

 ◎続きは次号で掲載します。