「小さないのち」小さないのちの取り組み--第6回交流講座 発表者からのコメントなど
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2017年09月08日
第6回交流講座 発表者からのコメントなど
●感 想

当日は、たくさんの方にご参加いただきありがとうございました。前回も来て下さった方もたくさんおられて、とても嬉しかったです。
前回も今回も、文章を書き上げる作業は大変でしたが、皆さんのコメントを読ませて頂き、交流講座に出させて頂いて本当によかったと思いました。「今後に生かせていきたい」という皆さんのお気持ちがとても嬉しく、ありがたく思います。
息子のことが、この世に少しでもお役に立てるよう願っております。

また、ご質問を頂きありがとうございます。
頂いたご質問に対して、私の意見ですが回答したいと思います。

●回 答

【質問@】・お姉ちゃんに対してのサポートとかこうしてもらえればということがありましたか?
・お姉ちゃんは当時どのように過ごされていたのか、気になられていたこととかありましたでしょうか?
・お姉ちゃんの生活がどうであったのかも、さしさわりなければ聞かせていただきたいです。

【回答】
娘の事に関する質問がいくつかございましたので、まとめさせて頂きました。ありがとうございました。

入院中は、母が娘をみてくれていました。娘の事は気がかりでしたが、息子の事が心配でいっぱいになっており、母に任せっきりで、あまり考える余裕がありませんでした。
息子を亡くしたあとは、当時3歳の娘のお世話をする事も困難だったので、見かねた母や兄に娘を保育園に入れる事を勧められました。可哀そうだと抵抗しましたが、今の私といるよりマシだと言われ、その言葉が胸にささり、了承しました。ですがすぐに入れる保育園などなく、認可外の保育園に入れる事になりました。ワンルームの保育園に預ける事は心苦しかったのですが、園の先生がとても良い方で救われました。娘だけでなく、亡くなった息子の話もいつも聞いてくれ、息子に関する手紙も頂いた事もあり、娘を迎えに行くときに先生と話をする事が心の救いになっていました。食事のお世話は、夫との別居で実家に帰っていたため、母がしてくれていました。本当に助かりました。
亡くした当初は、外で人に会うと息子の話をしていましたが、言われる言葉に傷つく事が多く、次第に人と距離を置くようになり、引きこもりの様な生活でした。ですが近所の子供達とは話す事ができました。両親の離婚で父方に引き取られた子供達でした。ですので面倒な親との関わりがなく自由に一緒にいる事ができました。その子達は、亡くなった息子の事を素直に受け止め、深く考えずに話してくれる事に癒されていました。娘もその子たちと毎日遊び、一緒にご飯を食べたりお風呂に入ったりして、きょうだいの様に過ごしました。当時の私は気持ちの浮き沈みが激しく、娘がそんな私とばかりいると、本当に可哀そうだったと思います。ですが、保育園の先生、近所の子供達、それに母や兄のおかげで娘は笑顔でいられる事が多かったと思います。その近所の子供達とは今でも会ったりしており、とても感謝しています。当時は幼稚園と小学4年生でしたが、今は小学6年生と高校生になりました。今の娘(小学3年生)に当時の事を聞くと、ママが泣いていた…というのは覚えていますが、夫との別居などは覚えておらず、近所の子達と遊んでいたことはとても記憶にあるみたいです。ですが、本人も知らないうちに心のどこかに何かを持っているのかも知れません。今でも私が疲れたりすると、とても気にかけてくれるので…。
母がいてくれたおかげで、娘のお世話という点ではサポートは必要ではありませんでしたが、心の面では何かサポートがあった方が良かったのかも知れません。笑顔で過ごせている…と思っていても、当時の私には見えていなかった事がたくさんあったと思います。なので、娘にどんな心のサポートが良かったのか逆に知りたかったです。そんな情報などもあればよかったなぁと思いました。


【質問A】
このような状況の中で、もしも第3者の支援として、「遺族会」とお子様を亡くした「病院」という2つの支援を得ることが出来るとしたなら、それぞれに求める支援はどのように異なるのでしょうか。「病院」では、医療者だからこそ求める支援はどのようなことでしょうか。

【回答】
「遺族会」…もし病院から遺族会を紹介して頂けたとしたら、初めの一歩として、遺族会側から連絡いただけたら踏み出しやすい様に思います。遺族会と言えど、どんな事をするのか、余計に傷つかないか…など考えてしまい、子どもを亡くしてボロボロの心に一歩を踏み出す勇気が湧きにくい様に思うのです。ですが会の方から連絡をいただき、扉を開いてもらえたら、進みやすい様に思いました。あくまで私の意見ですが…。

「病院」…私は亡くなった息子の医療に疑問を抱いていたので、やはり納得いくまできちんと説明が頂きたかったです。今は悲しみを奥にしまう事ができる様になりましたが、まだ疑問は抱いたままです。きっと一生持ち続けると思います。私にとっては、医療者からの支援は「納得いくまでの説明」だったと思います。