「小さないのち」小さないのちの取り組み--インフルエンザ脳症研究班班長との対談
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坂下裕子の不定期日記 日々のささやき
小さないのちの取り組み
立石由香から事務局だより
Pfizer
2009年03月31日
インフルエンザ脳症研究班班長との対談
班長の森島恒雄先生(岡山大学医学部教授)にお話しを伺いました。


 《研究班の役割と取組み》

坂下 研究班ではこれまでにどのような取り組みをされてきたのですか?

森島 全国でのこの病気の現状を調べることにしました。その結果、一九九八年から一九九九年では、217例(詳細な二次調査では202例)のこの病気の届け出がありました。実数はこれをかなり上回ると思います。その結果、死亡率は約30%、後遺症を残した子どもは約25%と悲惨な状況であることが分かりました。同時に、この病気の症状、重症となった子どもに見られる特徴(血液検査の値など)などを明らかにし、その情報の普及に努力しました。治療については集中治療の設備が整い、スタッフの多い病院でも、重症例の治療は困難を極めていたため、次の項で述べる対策を実施しました。ではなぜこの病気が起きているのかという原因の究明が大事ですが、この点については現在検討が続いています。


坂下 現在、研究班ではどんな対策をとっていますか?

森島 こうした検討の中から@非ステロイド系抗炎症剤と呼ばれる解熱剤の一部がこの病気の予後を悪化させる可能性を示す結果が出ました。この私たちの報告に基づいて、厚生労働省から、インフルエンザの時、小児における非ステロイド系抗炎症剤の一部を解熱剤として使用することを禁止する処置がなされました。

A全国の小児科の先生にこの病気の特徴、予後の著しく悪いこと、重症となる時の検査の値など、病気の知識の普及に取り組みました。

B重症例の多くは有効な治療法がないのが現状でしたが、治療法を確立するため、研究班の先生方と協力して治療の研究会(事務局は横浜市立大学小児科 横田俊平教授)を作り、治療のガイドライン作りを始め、全国3500の病院に配布しました。この結果、まだ確定的なことは言えませんが、二〇〇〇年から二〇〇一年のインフルエンザ脳炎・脳症の子どもの死亡率は、それまでの約30%から約10%まで改善しています。


坂下 今後は研究班でどのような取り組みを考えておられるのですか?

森島 この病気の治療・予防には、さらに病気の起きる仕組みを調べ、それに基づいた対策をとることが必要です。ただ、同時に、その時判っている知識の範囲の中でも、可能な限り早期診断・早期治療を進めなくてはいけません。【小さないのち】会員の方々の調査で初めて判った、「意味不明の言動」が、重い症状の子どもに早い時期にあらわれ、それが脳障害につながることなどの情報を日本の第一線の先生方や、小さな子どもを持つご両親に伝え、早期発見につながるようにしたいと思います。また、重症の子どもの治療法については、研究会の中でさらに良い方法を見つけていきたいと思います。後遺症が残った子供たちに対する、より良いリハビリテーションの方法も重要な課題です。また、子どもさんを亡くされたご両親の心の問題についても【小さないのち】の方々と一緒に対策を考えていきたいと思っています。

 《症状について》

坂下 インフルエンザ脳炎・脳症とはどういう病気なのか。どういう症状からどのように進んでいくのか教えてください。

森島 この病気はインフルエンザにかかった子どもの中で、特に五歳以下の小さな子どもでよく見られ、高熱と共にけいれんを起こし、その後急速に意識レベルが低下し、数日で死に至る、非常に恐ろしい病態です。その時、神経細胞の障害や全身のいろいろな臓器が障害を受ける〈多臓器不全〉が急速に進行します。発病した子どもの約30%が命を落とし、25%の子どもが神経後遺症を残します。最初の症状として、最近、【小さないのち】会員の方々の努力で、異常な言動(見えないものが見える、わけの分からない言葉を話す、異常に怯え、興奮するなど)が見られることが分かってきました。この症状も神経の障害(大脳辺縁系という部位)を示す初期の大事なサインと考えられます。


坂下 インフルエンザ脳炎・脳症が起こる原因は、まだ十分には解っていないと聞きますが、解ってきたところを教えてください。

森島 普通の感染症では外から進入した病原体に対して、体はいろいろな種類の免疫システムを動員して対抗します。インフルエンザ脳炎・脳症では、この防御の役割を担うはずのサイトカインと呼ばれる物質(リンパ球やマクロファージという血液中の細胞から出る)が過剰に産生され、逆に体のさまざまな組織を障害することが分かってきました。また、脳を含む全身の血管が障害を受けることも明らかになりました。この結果、ひどい脳浮腫や脳の血流障害が起こり、神経細胞がダメージを受け、全身の臓器の機能障害も引き起こされます。

  《治療法について》

坂下 治療法はまだ確立していないと聞きますが、いま実施されている治療法について教えてください。

森島 インフルエンザ脳炎・脳症の確立した治療法はまだありません。しかし、少しずつ進歩しています。学会や論文の発表で効果が期待できるものとして、次の六つがあげられます。

@抗ウイルス薬…アマンタジンやノイラミニダーゼ阻害剤は初期に使えばウイルスの増殖を抑制し、脳炎・脳症の症状を軽減することが期待されます。

Aガンマグロブリン大量療法…川崎病などで使われている治療法です。高サイトカイン血症(前述のサイトカインが多量に血液中に存在する状態)を抑制することで脳炎・脳症の軽減が期待されます。

Bメチルプレドニゾロン・パルス療法…高サイトカイン血症を抑制し、血球貪食症候群(この病気の重症例でしばしばみられる血小板などの細胞が減少する病態で、サイトカインが影響する)に対しても有効なことからこの病気の重症化の阻止が期待されます。

Cアンチトロンビン大量療法…病気が進み、出血が止まらなくなるような症状を改善することが期待されます。

D脳低体温療法…脳の温度を低温にすることにより、脳障害が進行することを阻止します。

E血漿交換療法…病態が悪化し、多臓器不全が現れた重い病態では血漿交換という血液全体を入れ替えて症状の悪化を防ぐ治療法があります。

以上の治療法の中でそれぞれの患者さんに最も適した方法を選択し、ご両親の了解及び病院の倫理委員会などの了解を得た上で実施できるよう、研究班ではインフルエンザ脳炎・脳症治療研究会を立ち上げています。今後、さらに有効な治療法が出てくる可能性もあります。

 《亡くなったり後遺症を残す子ども》

坂下 治療の甲斐なく死亡に至る事情や、後遺症を残す事情について教えてください。

森島 この病気で亡くなったり重い後遺症を残した子どもさんでは前に述べた高サイトカイン血症が見られ、血管透過性の亢進(血液の中の成分が血管の外に漏れやすい状態)が見られます。そのため、脳浮腫がひどくなり、神経細胞が死に至ると考えられます。また、血管が障害を受けることからDICと呼ばれる全身の出血が止まらなくなる症状も出てきて、多臓器不全で命を落とすこともあります。


坂下 死亡と後遺症の違い、後遺症でも種類や度合いが違うのは、なにによるのですか? 

森島 どのぐらい神経細胞が障害を受けるか、あるいは脳のどの場所の神経細胞が障害を受けるかによって命を失ったり、いろいろな程度の、さまざまな種類の後遺症が残ります。

 《医療機関の対応について》

坂下 最初の症状が〈熱性けいれん〉と区別しにくいと聞きますが、熱性けいれんとの違いをどう見分ければよいのでしょうか?

森島 インフルエンザにかかった子どもの5〜6%が発熱に伴ってけいれんを起こすことが分かってきました。このため、インフルエンザの流行期には小児科の救急外来では、けいれんの子どもが特に増えます。一方、インフルエンザ脳炎・脳症の80%の子どもはけいれんがあります。けいれん自身は脳炎・脳症と熱性けいれんの間で大きな差はありません。しかし、けいれんの前後が重要で、けいれんの前にすでに意識の状態がおかしかったり、意味不明の言動がある場合、あるいはけいれんの後、普通の熱性けいれんでも少しボーッとした状態が続きますが、それ以上にどんどん意識がなくなっていったり、意味不明の言動が現れたり、あるいは異常な興奮状態になったりという場合はインフルエンザ脳炎・脳症の危険が非常に高いと思います。


坂下 特に最初に治療に当たる医師にとって注意が必要な点について教えてください。  

森島 前の質問のところでお話ししましたように、子どもの症状の現れ方、特にけいれんとその前後の状態について注意深い観察と、両親からの症状の聞き取りが大事だと思います。インフルエンザと診断され、少しでも脳炎・脳症への危険性がある場合には、早めに抗ウイルス薬を用い、その後、症状が進む場合には、先ほど述べたような治療法を逡巡なく行うことが大切です。この病気の診療にあたっては、一旦、神経症状が現れると、その後急速に病状が悪化するということを念頭におく必要があります。また、インフルエンザの時使う解熱剤の中で、非ステロイド系抗炎症剤の一部であるメフェナム酸とジクロフェナクナトリウムという薬品名の薬を使うことは、平成十三年六月、厚生労働省の指導で禁止となりました。この点も大事です。

 《保護者の対応について》

坂下 この病気は発症まで親でも気が付かないのですが、インフルエンザや発熱の中で、注意する点について教えてください。

森島 まず、子どもの周りでインフルエンザが流行しているかどうかの情報はとても大切です。急に熱が出た場合ですが、家に置いてある解熱剤をすぐ使わないで、まず体を冷やしてあげてください。水分の十分な補給も必要です。例えば額、首、腋の下などが有効です。家にある解熱剤を使う場合は、インフルエンザの時使っていいかどうか、投薬された病院に確認してから使ってください。現在では、抗ウイルス薬もだんだんとそろってきたので、病院に行って処方してもらう場合もあると思います。熱性けいれんが過去にあったお子さんについては、特にけいれんが起きやすいので注意してください。また、普段と違う子どもの様子があったら、できるだけ早く病院にかかって医師に詳しく説明してください。


坂下 親は、子どもがどのような症状を見せたときに、急いで受診が必要と判断すべきでしょうか?

森島 インフルエンザの時、高熱になる子はたくさんいます。この中でけいれんを起こした場合、それから意識がもうろうとなったり、意味不明の言動や異常な興奮状態が起きてきたりする場合は要注意です。


坂下 そのとき親は医療機関に、何をどう伝えるべきでしょうか?

森島 子どもさんの異常について、どのような順序で症状が出てきたか、具体的にどんな異常(例えば訳の分からない言葉を喋ったり、呼びかけに反応しないなど)できるだけ細かく内容を伝えてください。その時、その病院にかかるまでに受けた治療の内容なども、わかれば大変参考になります。


坂下 インフルエンザ脳炎・脳症の予防として有効的だと考えられることについて教えてください。

森島 現在までインフルエンザ脳炎・脳症の有効な予防の方法はまだ確立しておりません。インフルエンザワクチンが脳炎・脳症を予防する可能性はありますが、まだ統計的に実証されておりません。ただ、私自身は自分の子どもも含め、インフルエンザワクチンを積極的に打つようにしています。


坂下 最後に、この病気を通して先生がお感じになることや、願われることについてお聞きしたいと思います。

森島 小児のインフルエンザ脳炎・脳症は、インフルエンザというありふれた病気の中で発症し、その病気の重さ、進行の早さなどから、大きな社会的な反響をよんでいます。この病気には、現在の子どもをめぐる医療の問題点も同時に浮き彫りになってきています。すなわち小児救急医療の整備の必要性があると思います。また、現在の医学の最新知識を持ってしても、まだ病気の真の原因がつかめないことに私自身の力不足を感じます。ただ、その中でも少しでも子どもの予後をよくするため、できる限りの対策を考えていきたいと思います。現在、日本中の小児科医や、多くの分野の研究者が、この病気の解決のため力をあわせています。一日も早い解決のため、研究班の仲間と共に今後も努力していきたいと思います。


坂下 あゆみが亡くなったとき、研究班はありませんでした。助けようのない病気であるかのように言われたものですが、その後先生方のひたむきなご研究には目を見張ります。既に病気の犠牲になった方と多く出会い、みな一様に「解明が進みますように」と言われますが、心から今後の対策だけを願えるかと考えますと、わが子を省み複雑なものがあると思えます。先生方が、もう起こらないための対策だけではなく、障害児となった子どもたちの成長や、子どもを喪った人の心の回復にも目を向けてくださっていることに、私たち当事者は大きく支えられております。