「小さないのち」日々のささやき--遺族にくっつくイヤな前置き
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坂下裕子の不定期日記 日々のささやき
小さないのちの取り組み
立石由香から事務局だより
Pfizer
2017年12月07日
遺族にくっつくイヤな前置き
標高3500メートルで、救助作業中に、救助器具が外れ
落下した男性が、亡くなったという事故で
消防を訴えていた遺族が、敗訴、という記事を見た。

ネットでは、記事の下に、書き込みがたくさん出る。

書き込みを2つ見て、2つともに
いやな気分になる「前置き」があった。

@遺族からすれば怒りの矛先をどっかにぶつけないといられないのだろうけど、
それでも救助隊も命がけでやってくれている以上はどこかに限界があるのは
致し方ない。それで訴えたりしていたら救助隊なんてやる人がいなくなるよ。

A誰かのせいにしたい気持ちは判りますが、
もし、救助作業中に作業員に二次被害が発生して、作業員が亡くなって
その遺族から損害賠償されたらどう思いますか?

@Aとも、1行目は要らないと思う。
2行目以下で、十分に言いたいこと、書けていると思う。

次のものは、いやな感じしなかった。
B落下しなきゃ死ななかったと思うだろうから、遺族の気持ちは分かる。
でも救助失敗した側も辛かったはず。心の底から助けたかっただろうから。

私も、あゆみが亡くなったあと
経由した病院(誤診をした病院)を訪ね、説明を求めた際
「誰かのせいにしたい気持ちはわかりますが」
と院長から言われ、すごくいやだった。

誰かのせいにしたくて、来てるんじゃない。
もっと注意深く診てくれていたら、死ななかったんじゃないか
と思える。それが黙って引き下がらなかった理由だ。
裁判など考えなかったが。

なぜ死んだのか?なにが起きたのか?
と、原因を問うのも
どうすれば助けられたのか?死なずに済んだのか?
と、方法を探るのも
遺族にとっては、当たり前で、
そこに、「ひねくれている」みたいな道理は
くっつけないでほしいな、と、よく思う。

とりわけ、ネット上の書き込みは、
正論を振りかざしているようでいて、
決めつけが多い。